純正律と減衰しないリバーブ〜追悼:玉木宏樹

ここ最近の穂口雄右さんの動きが面白くって、ツイッターも活発なんでしばらく追っかけていたら今さら知ることになった。「大江戸捜査網」「怪奇大作戦」のサントラなどで著名な作曲家、玉木宏樹先生が今年の1/8に逝去されていた。享年68。これだけ情報が氾濫している中でこんな出来事を見逃しているとは。ご冥福をお祈りいたします。


玉木先生とは何度かお会いしたことがある。その時に何度も素晴らしい体験をさせてもらったのだが、その時の話をちょっと。


一時の自分はハーシュノイズと低音中毒で、波形と周波数に異様に興味を示していた。たまたま知り合いの和物カルト映画好きが「靴底くん、怪奇大作戦最高だよね!岸田森いいよね!!玉木先生のサウンドもいいねえ!」と酔い痴れる中、自分は玉木先生のライフワークでもあった「純正律」に興味津々だった。
かいつまんで説明すると、まず音というのは周波数で表現される。そしてその倍音(1オクターブ上の音)との間を均等に割って作ったのが平均律。周波数レベルで調和がとれるのは完全1度(ユニゾン)と完全8度(オクターヴ)のみ。ただ、この手法をとることによって楽器は初めて「転調」が可能になった。ピアノなどの鍵盤楽器平均律なしでは存在しえないし、その分「調律」というのは本当に大変な作業になる。
それに対して純正律は、言いかえれば「完璧にハモった状態」だ。この完璧にハモった状態の何がすごいって「音を爆音にしても調和した音のみが残る」ことだ。例として良くあげられるのはウィーン少年合唱団無伴奏で周波数レベルで和音を整えると、ああいう響きになる。
自分はそれを音圧に生かせないかなあってその時思ってた。音が圧力ではなく包むようなデカさで鳴り響くようにならんかなあって思ってた(まあ、それにほぼ近いことはその後Jay DeeっていうかUMMAHがやっていたんだが)。なので純正律の第一人者であった玉木先生にはぜひ一度話を聞きたいと思っていた。


また、玉木先生は非常に博識かつ話が面白く、軽妙洒脱な語り口調でクラシックの話をしたかと思いきや、べらんめえ口調でJASRACの管理体制の理不尽さを語ってくれたり、飽きることがなかった。亡くなってしまったとはいえ、現在残されているホームページには非常にためになる知識が満載だし、ストレンジミュージック好きとしては「変な曲コーナー」「忘れられた作曲家を再発掘」のコーナーは必見だ。クラシック畑かつヴァイオリニストという音の感覚に最も敏感な人間が、ジャズもクラシックも歌謡曲も何でも来いでフリーキーに音楽を語るんだ。面白くないわけがない。


いろいろな話を聞いた後に、自分は失礼にもこんなことを言った気がする。
「先生、純正律はすごく面白いと思うんですけど、自分には肌でそれが伝わってこないんです」
そうしたら先生、おもむろにPCにMC88-PRO(MIDI音源)をつなぎ、こう言った。
「これはね、純正律用に調整したMIDI音源なんだよ。まずこの曲を聞いてどう思う?」
「きれいな曲だと思います」
「試しにね、この曲にリバーブをかけてみるんだ」
すると音が一気に重なりだした。出た音が全て重なっていく。全く減衰しないで全ての音が重なっていくが、ノイズにならずに音の嵩だけが上昇していく。
「これね、本当にちょっとしかリバーブかけてないんだ。だけど、音が全て周波数レベルで和音が完成しているから、MIDI上では減衰する要素がない。つまり、永遠にリバーブがかかり続けるんだよ」
最後の方の言葉は音がでかくなりすぎて聞き取れてなかった。ただ、そこまで大音量なのに、嫌悪感を生じない純粋な大爆音。すごい体験だった。
一度はレコーディングにもお邪魔させてもらった。和声の純正律をその時に教えてもらったが、非常に興味深かった。


玉木先生は自分の会った人の中でも相当パンクな人の一人だった。音楽がというよりも、思考や発想が。納得いかないものは納得いかないし、いいものはいい。それを貫き通すために努力もするし、戦いもする。先生の活動には頭が下がるばっかりだった。


玉木宏樹先生、安らかに。きっと今ごろ玉木先生は純正律の「完全なる調和」のもと「音楽っていいよなあ!」って笑ってるはずだよ。

純正律の楽曲。リバーブ、エコーの鳴りに注目。

これはサントラ。出世作の「怪奇大作戦」。

一番メジャーなのはこれか。大江戸捜査網

参考:玉木宏樹公式HP
http://www.archi-music.com/tamaki/
参考:玉木宏樹雑記帳
http://d.hatena.ne.jp/tamakihiroki/